いつもと違うことをしてみると、面白い発見がある

あるきかた

ひとつ前の投稿の続きになります

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休日の午後、家族全員の意見をまとめて、

みんなが満足する「せっかく」の休日を過ごしたかった

と思い込んでいた

わたしの、こうであるべきという固定概念

思考は、その時に一番良い選択をしたい、とか

どこかいつも正解・不正解を追い求めている

効率よくいきたい。楽にいきたい。損をしたくない。

そんな思考がベースにあって、毎日ひとつひとつの選択が積み上げられているんだなぁと思う

この日、やっと行動し始めたのはお昼の2時半

そんな時間から遠出するなんて、ましてや子供たちを置いて出かけるなんて。

普段なら、何時にこれをして、だから何時までには帰ってきて、とか

次の日がこうだから、何時にはこれを済ませて…とか

わたしの頭の中は次から次にやるべきことリストがグルグルしている

今日は、この枠を外してみたい

とはいうものの出かける間際になっても、

「なんで出かけるまでこんなに時間がかかったんだろう」

「なんでいつもスムーズにいかないんだろう」

「なんで思い通りに事が進まないんだろう」

とモヤモヤ、イライラ…

そんな時に、夫が

「こんな時間から遠出するなんて面白いね!」と声をかけてくれた

それを聞いて、わたしの中のモヤモヤ・イライラが一気に晴れた

ホント。こんな時間から出かけたことない

あぁ、別に遅くなったって、大したことないんじゃない?

子供たちを置いていくのだって、全然大したことない

こうあるべきの、わたしの枠なんてホントに大したことない。

いくらでも変更できるし工夫次第でこんなに面白いんだ…

やってみたら、なんでそんな選択肢さえも思いつかなかったんだろうと不思議な気持ちになる

初めの夫の提案に立ち返り、「紅葉をみにいく」プランで出発した

片道1時間半

途中、持参したコーヒーとアップルケーキを見晴らしの良い展望台で食べた

この日はあいにく曇り空で、展望台から見渡せる海の景色はイマイチだったけれど、

なんだか心の底から美味しかった

紅葉も今年の猛暑のせいか色づきが残念な感じだったけれど

たとえどんな景色でも、きっと満足だった

山頂で食べた温泉卵がまた素素晴らしく美味しかった

夕方になり、人気のから揚げ屋さんに立ち寄り骨付きのモモのから揚げを一本ずつ買って食べた

手のひらくらいある大きなから揚げ

皮はパリパリ音がする

中はふっくらジューシーだ

最高

子供たちから電話がかかる

遅くなりそうだから、ご飯をみんなで作って食べてていいよと提案すると、

思いのほか長男が張り切っている

ご飯は炊いてきたから、

フライパンで納豆と卵を焼いたものをご飯にかけて食べる、通称「納豆丼」

それにインスタントのお味噌汁と、魚の缶詰も付けて

出来上がった夕飯を写真に収め、いそいそ送ってくる子供たち

いつもと違う展開に、思いのほか子供たちが盛り上がっている

わたしができないだろうと思い込んでいるだけで子供たちのポテンシャルはもっともっと高いんだ

わたしは自分だけではなく、子供たちの枠も狭くしてしまっているんだな、と思う

いつもと違うことをしてみたら、わたしや、夫や、子供たちの違う一面が見えてきた

きっと、わたしが見ているのはほんのひとつ

もっといろんな顏があって、もっともっと可能性が広がっているんだろうな

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