「ゴールが叶った!」っていう瞬間はどんなに嬉しいだろうかと思い描いていた。
でも私が出会ったゴールの叶い方は、それとはずいぶんと違った。
不本意な形でのゴールの叶い方。
でも決して
そのことを残念に感じてガッカリしている訳ではない
むしろ、そんな形でやってきたゴールに対して
私は気づいて、見つけて、受け取った。
そのことが、とんでもなく嬉しかった
とても静かに、自分の中の概念が書き変えられたような感覚
そんなとても豊かな瞬間だった
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2年くらい前から、少しずつ少しずつ走ることを始めた。
もっと若い頃はけっこう運動をする習慣があったから、体力には自信があった。
でも現実は、私のそんな記憶とはどんどんずれていき、気が付いた時には “全く走れない人”になっていた。
走ろうと思ったきっかけは色々あるのだけど、ここでは長くなってしまうので別の機会に。
そこから本当に少しずつ走ることに慣れ、距離を伸ばし
今ではやっと2キロ弱くらいは走れるまでになった。
しかし、その習慣を続けていくうえで私にとってとても大きな壁が毎年必ずやってくる。
それは、「冬」だ。
私は極度の冷え性で寒いのが大の苦手。
運動を始めたことで少しずつ解消している実感はあるものの
私にとって “寒さ”は 大問題だった。
私は朝起きてすぐに走ることを習慣にしている。
12月くらいまでは、それでもなんとか乗り切れる。
でも、ほぼ毎日だったのが、3日に1回、2回に1回と休む日が増えていく。
1月。氷点下を切ってくる日もある
そこで去年も足が止まってしまった。
そこから5月頃くらいまで走ることができずにいた。
そしてまた、今年。1月がやってきた。
今日は0℃…… 足が止まってしまった。
いつも思っていることは、
「ジムに通いたいなぁ。」ということ。
だってジムは室内。
冬だって寒くない。
自分の好きなタイミングで通えるし、この運動習慣を続けるためには必須だなぁと考えていた。
ジムに通いたい……
でも、やっぱりお金がかかる。
今のこのわが家の経済状況ではとても無理。 でもいずれは…とゴールの1つに思い浮かべていた。
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夫婦で起業すべくビジネスを続けているがなかなか目に見えた成果が上がらず家計はますます苦しくなった。
私がパートに出ることで少しでも家計の足しにしたいと、意を決してパートを決めた。
ちょうど1年くらい前にパートを辞めた時
もう雇われて働くのは自分には合わない、嫌だ、絶対にパートはしないと決めた。
でも、働かざるを得ない状況になった。
パートが始まるのは来週……
昨日の夜もパートのことを考えると胸が重くなって気持ちが沈んだ。
なんとか自分の気持ちが軽くなるように
「続けなくてもいい」とか
「嫌だったらすぐやめたらいい」とか
「とにかく1日だけ行ってみよう」とか
「頑張らなくていいんだから」とか
自分で自分に言い聞かせていた。
ふと、
「そうだ、この仕事って運動になるよね」と思った。
「運動しに行くと思えばいいじゃん」
「週3回、ジムに行くと思って!」
……!!!
そう思い付いて、自分の発想にハッとした。
ジム!!!
そうだジムに行くことにしよう。
“パート”というワードを“ジム”に置き換えよう。
家族にもそう言って声をかけてもらおう
考え出したらなんだかものすごく楽しくなってきた。
そこで気づいた。
私が思い描いていた
「ジム通いしたい」
ああ、このゴールはこんな形で叶うんだ。
あんまりにも斜めからの登場に危うくスルーしてしまいそうだった。
なんて不本意なゴールの叶い方…!!!
でも、そんな姿で私の前に現れたゴールを私は見つけた。
“気づくことができた”
このことが私にとって、とてつもなく大きい。
情報空間の巧妙な仕掛け
静かに流れているもう1つの世界に触れ、
私は見つけることができた。手に取ることができた。
それが何よりも嬉しくて豊かな体験だった。

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